FOAの心

第1回 FOAのコンセプトからFOA-Studioに至る開発の経緯

 私は会社人生を制御システムのエンジニアとして出発しました。8008というプロセッサがインテル社から出てきたころで、ミニコンとかプロコンと言われる制御用の計算機が普及しはじめる頃でした。このときから業務系では業務モデルを明確にしてシステム化する。制御システム系では、システムモデルを基準にしてシステムを構築するという考え方がありました(現在も大きくは変わっていないようですが)。私自身、このような方向で多くの自動化システムを手掛けてきました。一方、現場には、現場改善や様々に発生するトラブルに対応する臨機応変な活動があります。しかし、現場の活動モデルという捉え方はありません。具体的な現場の非定型的活動までをモデル化しようとしても明らかに困難でした。そのような中で、当時流行っていた「人にやさしいシステム」とは何か、どのようなシステムになればよいのか、漠然と悩んでいた時代でした。当時から経営に携わるようになってからも、常に頭にあったのは「考える現場」「元気の出る現場」をITシステムがいかに支援していけるかということでした。私にとっては“三つ子の魂百まで”ではありませんが、いつの間にかライフワークになっていました。

第1フェーズ:データフロー型のオリジナルFOA

 1996年にTCDメッセージをベースに現場のコトバを載せたデータフロー型のオリジナルFOA(Flow Oriented Approach)が1企業内でスタートしました。その当時は、現在のIoTの前身と位置付けられるユビキタス(いつでも、どこでも、誰でも)という語が流行っている時代でした。

 きっかけになったのは、社の浮沈にかかわるほどの大買収をした海外工場群の立直し支援を、いきなり急拡大した生産領域に対応できる人材が全く不足した中で、急いで行わねばならなかったという差し迫った状況があったこと。そしてグローバルに日本型の改善を展開し、生産性を向上させることが急務であり、改善結果を皆で共有・モニタリングし、グローバルなチームで全体の底上げ、ひいては全体のリソースマネジメントを効果的にかつスピーディに行なわねばならないという非常に厳しい状況があったことです。このようなひっ迫した中で、当時グローバルに現場系FAシステム領域を担当統括していた私は、竹槍精神だけではグローバルには通用しない、何とかITを利用してシステム化し総力を結集できないかと考えたわけです。それこそ“藁をも掴む想い”で、現場のコトバをベースにしたデータフロー型のFOAを発想し、展開していきました。この買収は結果的に成功を収めたわけですが、全社を上げての努力と様々なアイデアの積み上げの結果であり、このオリジナルなFOAもその中の一つとして陰ながら貢献できたものと思っています。

第2フェーズ:大きく変わった情報フロー型FOA

 2009年には、FOAの第2のスタートが始まりました。東京大学ものづくり経営研究センター(MMRC)のセンター長である藤本教授に誘われ、そこで、それまでに導入したCCメッセージを何気なく見ていて、13年の間にメッセージ内のデータ項目が大幅に増大していることが目に留まりました。ここに着目して多くの議論を重ね、現場の事実情報(現場の事象を5W1Hで伝達する情報:後述)をベースにして、自然な形で新たなCTMメッセージ(意味ありメッセージ)というものを改めて再定義することができました。このとき、活動のモデルを直接表すのではなく、事象の情報が現場の臨機応変な活動を表しているということに気づかされました。私にとっては大きなエポックであり、現在の情報フロー型FOAの新コンセプトが誕生したときでした。

 オリジナルとは内容的に大きく変わるものであり、呼称もFOAから変更したらという声もありましたが、精神は同じであることオリジナルを尊重しようということでFOAという呼称は変えないことにしました。藤本教授からは、「“軽くて” “理にかなった”ITだ」と評していただき、また、お話しする機会のあった「知識創造企業」で世界的にも著名な元一橋大学の野中郁次郎教授からは、「この発想は日本からしか出てきませんね、オリジナリティもあり、日本のためにもぜひ頑張ってください」と元気の出るコメントをいただきました。このような後押しもあってFOAの第2幕がスタートしたわけです。

 ただ、IT領域のコンセプトとして、斬新であるとか面白い考え方であるとかというだけでなく、それが現場IT領域(IoT)において、いかに革新性を持つかの実証が必要であるという実務畑で生きてきた私の“こだわり”もあり、このコンセプトに基づく現場系ITシステムの具体的な実践トライアルを開始しました。

 しかし、当初はDB機能を使ってデータを収集・構造化し、Visual Basicを使ってCTMを作成するという従来型の一般的なアプローチをとっていたため、狙いであった3つの機能のうち、「使って(活用)」は何とかなったものの「作って(構築)」「直して(運用)」に関しては、従来と大差なく、小改造や拡張に多くの工数と納期を要しました。今までにないユーザオウンなシステムを実現しようという新FOAの大きな目論見に対して、最初の2度のトライアルは失敗という結果に終わりました。

第2.5フェーズ:使いやすさを求めた自律分散型の実装

還暦を超えていたこともあり、ここで挫折しかかりましたが、ここは踏ん張りどころと、再び事実情報の持つ自然な特性に注目し、これを生かすことで、FOAの実装を従来の延長線上にない自律分散型システムの形に作り上げようと考えたわけです。若いころ自律分散概念に魅了された私にとっては自然な方向でした。しかし、FOAのコンセプト自体が世界的にもユニークで、実装となるやこれまた世の中に事例もお手本もなく独自で考えるしかありませんでした。多くの識者や優秀なITエンジニアの助言を得ながらも、失敗と試行錯誤を重ね、結果的に6年ほどの歳月を要してしまいました。苦労の連続でしたが、その甲斐もあり「データ5レイヤーのアーキテクチャー」や「変化検出型イベントドリブン機構」というユニークなアイデアが生まれました。これによってやっと構造化DBを前提にしない自律分散型の現場系ITシステムというFOA実装の一つの姿が明確になりました。これが第2のエポックです。2016年には、経済産業省の糟谷製造産業局長にご説明する機会があり「目からうろこでした」とのコメントもあり、2017年度版「ものづくり白書」の第1章第1節のコラムで紹介していただきました。

 さらに、粒度演算(個々のデータを現場のコトバの粒度にする演算)をプログラミングする際に、開発環境の設定が必須でした。そこでこの粒度演算に、現場の技術者にも簡単にかつ必要なとき即座に扱えるように開発環境不要のフロー図形式のEasy-Makerを開発してきました。その間にソフトウエアの3度の大きなバージョンアップを通してこれらを実装したトライアルを繰り返し、「作って(構築)」「直して(運用)」のパートも機能的に充実してきました。そしてさらにその操作性の向上を織り込みリリースしたのがFOA-Studioになっているわけです。

第3フェーズ:開発の現場、セールスの現場に向けて

 FOAという考え方は、ものづくり現場から生まれたものですが、このFOAの適用は製造現場だけとはかぎりません、医療現場、サービスの現場、農業、漁業の現場や非営利活動を行っている現場でも同じことです。およそ、人が集まって業務分担しながら業務や作業を行っている現場はすべて対象になります。まだ第2フェーズの段階ですが、現在私どもは、ソフトウエア開発の特にデバッグフェーズで“開発FOA”を始めています。また、非定型的な判断やアクションの塊であるセールの現場向けに“セールスFOA”のトライアルを開始しようとしています。製造現場での進化はもちろんですが、他領域への応用も積極的に進めていこうと考えています。